KYOTO * 通訳

an interpreter in Kyoto:京都にて、駆け出し通訳者の日々。

通訳者の記憶力:リテンションについて①

 

通訳訓練の基礎であり要でもあるリテンション(記憶保持, retention)について、いくつか引用しながら考察したいと思います。

 

通訳者にとってリテンション、つまり短期記憶の保持が大切であるとはよく言われることで、私も師匠が「やはりリテンションは大事!」と言うのを何度も耳にしましたし、現場に立ってみるとまさにそのことを痛感するわけです。

 

数分に及ぶ原スピーカーの発言を聞き終わってから、即座に見事に別言語に訳す通訳者を見て「驚異的な記憶力!」と思う人もいると思いますが、これはつまり「暗唱」や、機械的な「暗記」の力を鍛えなさいということなのでしょうか?

 

日本の通訳のパイオニアの一人、小松達也氏は著書の中で以下のように言っています。

 

リテンションには記憶(memory)とノート(note-taking)がある。聞いて理解したことを記憶するかノートにとってしばらくの間保持(retain)するプロセスである。...日本の慣行では逐次通訳の際のスピーカーによる話の区切りは、20秒から1分以内である。このくらいの長さならば、複雑で専門的な話でない限りノートをとらなくても記憶しておくことは可能であろう。しかし、緊張を伴う通訳の現場で記憶だけに頼るのは危険を伴う。したがって、逐次通訳では通訳者はノートをとるのが原則だ。(『通訳の技術』)

 

また、リプロダクション(及びパラフレージング)の訓練については、通訳教本では代表的に以下のように説明されています。

 

リプロダクション/パラフレージング

主な学習効果:記憶保持力(リテンション)

訓練方法:①リプロダクション:ある程度の長さの英文を最後まで聴き、一時的に記憶に留め、原文をそのまま口頭で再現する。②パラフレージング:ある程度の 長さの英文を最後まで聴き、それを記憶に留め、口頭でできるだけ原文とは異なる表現を使って再現する。①②いずれも、できればメモを取らずに聴くことに集中する。

上手くなるコツ:①耳から入ってくる音声情報をできるだけ記憶する。②内容理解にも努める。③話者の音声上の特徴を真似てもよい。 ④慣れてきたら聴く単位を長くし、特にキーワードに注意してそれをつなぎ合わせて再現する。⑤自分のパフォーマンスを録音しチェックする。(『英語通訳への道―通訳教本』日本通訳協会)

 

さて、この2つの文中で「記憶」以外にもう一つ、大事なキーワードが隠れていることに気がついたでしょうか?

 

答えは... 

 

理解」です。

 

フランスの通訳者であり、解釈を基本とした通訳理論(Théorie interpretative de la traduction: TIT理論)を確立したダニッツァ・セレスコヴィッチは以下のように言っています。

 

...実のところ通訳では記憶と理解は相互依存関係にあり、切り離すことができないのである。...(とはいえ)通訳者の多くは記憶力が悪く、電話番号を思い出せない、人の名前が覚えられないということもあるし、観察力に乏しく、暗記も苦手である。それでも会議通訳者は記憶力が良い人も悪い人も、3分間のスピーチであろうと、15分間続くスピーチであろうと(500語から2500語あるいはそれ以上が発音される)逐次通訳をし、それも概要で済ませるのでも要点にのみ絞るのでもなく、言い換えたり、でたらめを言ったり、内容を曲げたりもしないのである。会議通訳に役立つのは、音・数字・単語の羅列や散文、韻文を覚える暗記能力ではない。...意味がない情報ほど記憶するには時間がかかり、また記憶を維持しにくいことが実証される一方、音節や数字の意味のない配列に何か思いつきの意味を与えてやると覚えやすくなることも証明されている。この記憶における意味の役割が、通訳の記憶とは何かを探る糸口となる。(『会議通訳者 国際会議における通訳』)

 

記憶力が悪く、電話番号も人の名前も覚えられず、観察力に乏しく、暗記も苦手な通訳者たちが多くいる!と断言していただき、まずはホッとします(笑)。

 

人は2時間の映画を観たすぐ後にそのストーリーを細かく思い出せるでしょうが、 10分から15分のスピーチをテキストで記憶するには少なくとも数時間が必要となります。

これはつまり、記憶には「内容の記憶」と「テキストの記憶」の2種類があるということです。そして通訳者がするのは前者なのです。ただし例えば、聞いたことのない専門用語が1文に複数入り込んでいて、言っていることが表面的にしかわからない、なんて場合には後者にならざるを得ない理由もここから理解できますね。

 

つまり、通訳者にとっての「記憶」とは「理解」であると言っても過言ではありません。換言すれば「理解の結果としての記憶」が大事だということです。

 

よって、リテンション・リプロダクションの訓練を実際の通訳に生かすためには、単に暗記しようとするのではなく、「意味の理解」に最も大きなウェイトを置くべきなのです。

 

 続く...