KYOTO * 通訳

an interpreter in Kyoto:京都にて、駆け出し通訳者の日々。

高校生・大学生、いや みんなにおすすめ『通訳をめざす人へ』

通訳関連本の中には、技術訓練のためのいわゆる「通訳教本」もあれば、通訳の仕事について紹介する「教養本」もあれば、通訳の営みを学問の立場から解釈する「研究書」、さらに「歴史書」もあるわけですが、共通してどの分野にも、通訳の仕事をいきいきと描写し、その職業的専門性と魅力とを記述することで、とりわけ通訳を志す者にとって、志というか、目標を目指すための後押しのようなものを与えてくれるものがあるように思います。

 

その内の一冊は先日、いつもエールをくれる本『通訳席から世界が見える』でご紹介した新崎隆子さんの著書なのですが、同じように特に高校生や大学生に読んでほしいな〜と思うもう一冊がこの本です。

 

通訳をめざす人へ (仕事と資格シリーズ)

通訳をめざす人へ (仕事と資格シリーズ)

 

 

法学書院編集部というところが出している「仕事と資格シリーズ」の一冊で『通訳をめざす人へ』と題された本書の表紙には、著者名がありません。唯一「法学院書院」と記されているだけなのです。しかし一見 地味〜なこの本には(失礼)、通訳の仕事の魅力がたくさん詰まっています。

 

本を裏返して奥付を見ると、代表執筆者として草柳益和と近藤正臣の名があります。草柳氏は3000件以上の会議・ビジネス通訳のコーディネーションをしてきた通訳者を派遣する側のプロ。近藤氏は半世紀以上に渡って第一線で活躍をしてきたベテランのプロ通訳者。面白くないわけがありません。

 

このお二人の執筆を中心に、本書の第四章では6名の現役通訳者が登場し、現場からの声を伝えています。ここではそれぞれの通訳者が「一日の流れ」「一年の生活」「私にとっての通訳とは」「やりがい」などの項目に具体的に答えており、通訳者を実際に目指そうとする人にとっては特に興味深く読める部分です。また、東日本大震災の翌年に出版された本ですから、書いてある内容も比較的新しく、通訳者を取り巻く現在の状況をよく表し、また踏まえている内容だと言えます。

 

とりわけ、まだ英語を学習中の高校生や大学生にとって読む価値があるのは、本書がいかに英語力をつけるかという点にも触れており、さらに通訳と関連して英語学習、英語教育についても重要な指摘がたくさんされているところではないかと思います。

 

例えば、「通訳者に求められるもの」について語る章では、「聴いて話す」ということに注目が偏りがちな現在の日本の英語環境/英語教育について、「通訳者に求められる英語力はそんなに軽いものではない」ということを、以下のように説明しています。

 

もちろん通訳者は... 英語がしゃべれることは必須のことです。しかし、その英語は baby English あるいは high-school English であってはなりません。そんなものではとても間尺にあいません。また英語を聴いたときにアバウトには分かる(分かっているつもり)だが、精密には分かっていないというのでは問題になりません。すこし複雑なことを言われると「なにがどういう諸理由でどうした」ということが精密に理解できないというのでは、やはり落第です。

「いま、この人は演説をしています。」では通訳していることになりません。「いま、ユーロに入っている国の、なんか政府のお金が足りないことについて話しています」でも通訳しているということにはなりません。ユーロ参加諸国の財政状態がどうなのか、何パーセント以内の財政赤字なら景気対策をとれるのか(パーセントという以上、何を分母とする比率かを言わなくては、もちろん意味がありませんね)、そのために具体的になにが起きているのか、それはなぜか、参加諸国は何をしているのか。こうしたことが理解できて、それを精密に伝えられなくてはなりません。精密に理解できれば、そして、日本語の訓練がしっかりできていれば、たとえば「ユーロ参加国は、その国に財政赤字が国内総生産の3パーセントを越えない程度で景気対策をとることができ、それを満たすために...」というような、いわば極まった表現になりますね。景気対策を実施するとなぜ財政赤字が増えがちなのか...さらにGDPの3%であってGNPの3%ではないということを意識している必要があります。

 

また、文法学習についても最近はどうも悪者扱いされる風潮がありますが、以下のとおり。

 

文法・語法を勉強せずして、私たちにきっちりした英語がしゃれべれるはずがありません。生まれたときから、あるいは幼児のときから、英語で生活していれば、文法など知らなくてもたいていのことは言えるでしょうが、物心ついてから英語を「学んでいる」私たちほとんどの者にとっては、一定の文法はやはり必須です。しかも文法を理解しているだけでは十分ではありません。

 

さらに、私たちの母語である日本語力については、

 

baby Engish が役に立たないのなら、幼児用語の日本語や、「うっそー!」としか言えない日本語を使っていて、それで、高度の内容を、しかも一度聴いただけで頭に入ってくるようなわかりやすい日本語で表現できるはずがありません。

 

と、ズバッと指摘しています。

 

本書を読むと、通訳という仕事がいかに高度な専門職であるかがわかりますし、英語に限らず、中身のある内容を理解・伝達しようと思うならば、幼稚な「英会話」レベルでは到底太刀打ちできないことがわかるはずです。

 

一方、巷では「英会話ができれば通訳くらいできるだろう」といった誤った通訳観がいまだちらほら(否、あちこちに...)。つい先日もエージェントの担当者との会話で、(通訳料を値切ろうとするクライアントがたくさんいるというところから)いかに通訳職が適正な理解と評価をされていないかという話題になりました。彼女が通訳者に代わって、私以上に憤慨してくれるのを大変頼もしく感じた次第(笑)。

 

そう。この本も、本当は通訳を「めざさない人」にこそ読んでもらいたいのでありマス...。